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この作品右上に記されている年記はローマ字でMCMXXI。
これは西暦1921年、大正10年。
今から80年以上も昔の制作となる。
一見して強い興味を覚えて入手したときには画面全体が汚れも付着していて
もっとヤニっぽく、くすんだ画面だったが、クリーニングするとご覧のとおり。
鮮やかに色彩が甦った。
誰もが連想するのが、あのヴィンセント・ゴッホでは。
その昔、日本に印象派の作品を紹介したのは「白樺」。
その「白樺」で〈ゴッホ号〉が出されたのが明治45年11月号とある。
その当時、西洋の新しい美術の複製には、多くの画家が鮮烈な衝撃を受けたようだ。
あの岸田劉生も『ただただ驚嘆の時代だった。』『涙ぐむほど興奮しあったものだ。』と
往時を偲んでいる。
この作品は、大正10年とあるので、暫くの隔たりがあるが、どんな人が描いたものか。
作品には k,TAKATAとサインがあるのみ。
手元の資料にも該当するような人物は見当たらない。
現在のように巷にカルチャーセンターや絵画教室があるわけでもなく、
庶民がそうそう油絵具を買ってきて余暇の楽しみにするようなこともない時代。
どこのどんな人が描いたのだろう。
まるで光を噴きだす大きな穴のように描かれた太陽。その光が充満する空。
光は有り余る光彩を大地の畑にも降りそそぐ。
空と畑の境に描かれた遠く向こうに生茂る木々の深い緑の蔭が
その光の強さを知らしめる。
筆の穂先をパレットからせわしなく行き来させ、
息を凝らして絵具を重ねたようなタッチがおもしろい。
多分、あっという間の仕業じゃなかったろうか。その雰囲気が気持ちいい。
どんな人が絵筆を握っていたのやら・・・。 |
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